Vol.1■絶海の孤島「ウルルン」

地図 ■鬱陵島…ウツリョートウ。気の滅入るような名だが、韓国語では「ウルルン島(ウルルンド)」と読む。大昔は独立国であったらしい。

日本海の真中に浮かぶ死火山島で、ガイドブックには「海に浮かぶ桂林」との表現もある。そんな「ウルルン島」に秘境のにおいを感じ一度は訪ねてみたいと思っていた。



港 ■ソウルからこの島にたどり着くのはあまり楽ではない。
まずは国土を日本海側に横断して「ウルルン」行きの船の発着のある港町に出る。

ここから高速艇に乗ればおよそ3時間だが、夏季は2往復、ふだんは1往復しか船がない。しかも韓国ではもっとも天候の荒れやすいところなので欠航も多く、2〜3日は船が通わないことも珍しくないそうだ。

私は墨湖(モコ)という港から高速艇「カタマラン号」に乗船した。桟橋では荷物検査(といっても上から触る程度だが)をされた。ふと見ると大きな布袋から焼酎の小瓶をごろごろ取り出され没収されているアジョシ(=オジサン)がいた。

彼は「しょうがねえなあ」といった表情でニヤニヤしていた。没収の理由ははっきりしないが、ウルルン島は北方警備の要衝と聞いたことがある。
船内が禁酒であるということは、軍事上の緊張感と関係があるのか…まあ単に興奮しやすい韓国人が狭い船内で羽目をはずさないように、という配慮かもしれない。

イカの記念碑 船の揺れに耐えること3時間。やがて眼前に黒い岩の塊のような島影が現れた。
人を拒むような切り立った崖と、そこにへばりつくように作られたフェリー発着塲。何となく「鉄腕アトム」に出てくる「十字架島」を思い出す。
灰色の雲がたれ込め、島の姿は下半分ほどしか見えない。早くも鬱陵島の名に相応しい重苦しい気配がただよってきた!

■フェリーを降りると、大きなイカ型の記念碑に迎えられた。「開拓100周年記念」と漢字で彫られているところを見ると、もともとは無人島だったのだろうか?

気がつくと足元の歩道も、展望台の壁画も「イカ」の絵柄だ。うーん、この島のシンボルはどうやらイカらしい。島民はイカをこよなく愛し、誇りにもしているようで、8月下旬には3日間の「イカ祭り」まで行われているようだ。


それもそのはずで、ここは「ウルルン島オジンオ」と呼ばれるイカの名産地だった。 船着き場に並ぶ屋台でもさかんに「オジンオ(=イカ)」を売っている。
「生干し1000ウォン」「火山石焼き2000ウォン」などイカづくしだ。あとはインスタントコーヒーで作る「アイスコーヒー」や玄米を膨らませたポン菓子も人気があるらしい。ポン菓子の屋台には「船酔いに効果」と宣伝文句が書いてあって笑ってしまった。

イカの丸かじり



■「火山石焼きオジンオ」の香ばしい匂いにひかれ、さっそく熱々のをひとつ購入。プリプリした肉厚のイカに醤油味がつけてありさすがに旨い。
かじりながら立ち去ろうとすると、突然屋台のアジュンマ(おばちゃん)たちが大声で私に怒鳴りはじめた。

「うひゃあ、知らぬ間に日韓の友好を損なうような大事を!?」
緊張したが、どうやらアジュンマたちは「かじっちゃダメっ、手で裂いて食べなさい!」と言っているらしかった。
必死の表情はおそらく「あ〜あ、わかってないねぇ。もう見ていられないよっ!」といったところなのだろう。とりあえずホッとするが、どうして丸かじりしちゃいけないのか…は謎なのだ。

ミンパクの部屋
■わらわらと数人のアジュンマが駆け寄ってくる。民泊(ミンパク)の客引きだ。ひときわ派手な化粧のアジュンマに引っ張られて付いて行くと、彼女の自宅の2階に案内された。

日本の民宿と違い、韓国の民泊では客間と自家用のけじめはあまりないようだ。ふだんは家族が使っている部屋をお客が来た時だけ片付けて貸すので、雰囲気さえ良ければ家族の一員になったような気になれる。

「私の娘の部屋だよ、シャワーもついているんだからねー。」
アジュンマは自信たっぷりだが、無理に洗面所を設けたせいか部屋の形が三角形に近く変型していて狭苦しそうだ。
「ちょっと狭いんだけど…」とおそるおそる切り出すと、あっさり「あら、そ?」と2番手に控えていたアジュンマにバトンタッチされた。

カボチャの絵 次に連れて行かれた家は廊下にシャワールームとトイレが設けられゆったりしているので気に入った。素泊まり20000ウォンで商談成立。
ザックをおろしてホッとしていると階下から大声が聞こえた。
「うちのアジョシがタクシーの運転手をしているから観光をする時には声をかけなさい」
うーん、どこまでも商魂たくましいのだ。

イカの絵 ■車がうるさい!
ウルルン島のタクシーはすべてパジェロそっくりの四駆だ。重いエンジン音をたてながらひっきりなしに走り回っている。火山島だけに島の中央に向かって急な坂が続くので馬力が必要なのだろう。とにかくどこを歩くにしても坂道だらけだ。

通りには店先に水槽を置いた「刺身屋」が目につく。あとはスルメなどの海産物や山菜を売る小さな店が並ぶ。
八百屋の店先にはひと抱えもあるオレンジ色のカボチャがごろごろしている。

韓国で一般的に料理用のカボチャと言えば細長いズッキーニのことだ。ごろっと丸い普通のカボチャは「ヌルグンホバク(熟したカボチャ)」と言うが、両者はまったく別物だ。

ウルルン島のもうひとつの名産品はこの馬鹿でっかいカボチャで作る「ホバクヨッ=カボチャ飴」なのだ。とにかくいたるところでカボチャ飴の看板を見かける。

■地図に「薬水公園」とあるので坂道をえいこら登ってみた。かつては湧き水があったらしいが、雑草だらけのさびれた公園だ。「なーんだ」と言いながら下り、今度はケーブルカーがあるという方角に行ってみたところ、小さな民家が並ぶ集落に入り込んでしまった。

通りがかりのアジョッシに尋ねると「ケーブルカーはもっと上にあるが今日は動いているかどうかはわからない」なんて答えがかえってきた。この島が活気にあふれるのは夏の海水浴シーズンだからしかたがないが、坂を上がり下がりしながら歩き回る気力がなくなってしまった。

遊歩道の絵 ■ちょうど小学校の下校時間になった。見ていると女の子たちがとてもオシャレなのに気づいた。

どの子もきれいに髪を編み込み、大きな飾りをつけている。レースがいっぱい付いたワンピースを着ている子もいる。

まるでお誕生会の主役みたいだが、日本だったらこんな服装で通学なんてまず考えられない。ソウルでは小さな女の子を飾り立てて歩くママをよく見かけるが、こんな辺境の島でも韓国人ママの趣味はあまりかわらないらしい。

■町中の散策はあきらめて、船着き場から島の外周に沿ってつくられた遊歩道を歩いてみることにした。遊歩道は絶壁の岩間を縫うように、時には海岸線の波しぶきを浴びるような場所を、とうねうねと続く。すぐ目の前の岩場で羽根を休めるカモメがいる。

鋭く切り立った巨大な岩と岩の間に陽が射し込み、足元には海水が流れ込んでいる。水深がどれほどあるのかわからないが、深い藍色の水は吸い込まれそうなほど美しい。
海がひたすら岩肌を削り取ってきた長い時間に感動しながら歩いて行くと、やがて終点の白い灯台に着き遊歩道は終わってしまった。Uターンして町に戻る。

ピビンパプ 夕食前に宿のアジュンマに教えられた「海水温泉」に行く。玄関のガラス戸には「海水サウナ」の文字もあったが、ごく普通の銭湯で、いったいどこが海水なのかはよくわからない。

だが明るく広々とした浴場は水がちょろちょろとしか出ない民泊のシャワーよりもずっと気分が良いのだ。
温泉の入りでは冷たいジュースやスタミナドリンクといっしょに「カボチャ液汁」が売られていた。女性の健康に良いのだそうだ。

■一日の疲れを洗い流し、いよいよ名物の新鮮なイカの刺身を賞味することにした。
店先の水槽でイカや魚を泳がせている「刺身専門店」で「オジンオフェ(=イカ刺し)」を注文。20000ウォンだから日本円で2000円ほど。
どうも思ったほど安くはない。だがドドッと大皿に盛られたイカ刺しにコチュジャンをなすりつけ生ニンニクとともに葉っぱにくるんで食べるのは豪快で楽しい。

最後は目玉焼きの入った「山菜ピビンパップ」と「ヘージャンクッ」で仕上げる。ピビンパップは具とご飯が別々に出てきた。韓国ではこのスタイルが一般的なようでよく見かける。

「ヘージャンクッ」は定食などに付いてくる韓国の一般的な汁ものだ。「解腸汁」と書く説もあって「酒を飲んだ翌朝によい汁」というわけだが、作り手や地方によって様々な「ヘージャンクッ」がある。この日は豆モヤシ、牛肉、青菜などが入った辛いスープだった。

出会った姉妹 ■お腹一杯でいい気分で店を出たら、どうしたことか道に迷ってしまった。

「とりあえず船着き場まで行けばどうにかなるさ」と歩いていたら、中学生ぐらいの女の子が2人、駐車した車のかげからこちらを見ている。

声をかけてみたらうれしそうに寄って来た。どうやら姉妹らしい。
「こんな時間に何をしているの?」
声をそろえて「運動!」と答え、何がおかしいのかしきりにクスクス笑っている。
ひとりはおしゃれなジャケット姿で運動をするという雰囲気ではなかったが、もう一方の子は短パンにトレーナーで、ジョギングでもしていたのかもしれない。

「宿の場所がわからないのよ」と打ち明けるといかにもおかしそうに笑い転げた。
記憶にある雑貨屋の名を言ってみたら、案内してくれると言う。
もう10時を回っているので家族が心配してるんじゃないかと気になったが、2人は平気でニコニコしている。
「日本を知ってる?」と聞いてみた。
「行ってみたい!」
すかさず大きな声で答えがかえってきた。

宿はすぐに見つかった。お礼を言うと少女たちはさっと身を翻しウサギのように弾みながら帰って行った。素朴で人なつこくほんとうに可愛い。姿が見えなくなってから気づいた。
「名前を聞くのを忘れちゃった!」
早い時間だったらもっと話したかったのになあ…。

ミンパクの看板 ■翌日は曇り。来た時から天気があまり良くない。

本格的に降り出したら海が荒れそうな気配があった。まだまだ島の探索は始まったばかりで未練はあるが、フェリーが運行しているうちに島を発つことにした。

だがウルルン島観光のハイライトは何と言っても海上から眺める奇岩奇峰巡りだ。
「本土行きフェリーの出航までに何としても見ておきたい!」…民泊から荷物を全部引き上げ、持ったまま島一周の遊覧船に乗り込んだ。

大きなザックを背負った私の姿は周囲から浮いていたが、辺境の島に「荷物一時預かり」などという便利なものはないのだからしかたがないのだ。

■遊覧船が動き出すと、たちまちものすごい数のカモメが後を追って飛んで来た。観光客が差し出す「カッパえびせん」そっくりのスナック菓子がお目当てだ。指先に挟んでかかげるとクチバシで器用に取って行く。

たくさんのカモメをまとわりつかせながら、遊覧船は4時間かけて周辺の奇岩を案内してくれる。
アナウンスはすべて韓国語だが、波風に侵食されてできた自然の造形の迫力に、デッキが沸き立つのでポイントを見のがす心配はない。
15Mほどの岩と岩の隙間を船が通り抜ける一番の見せ場では、やんやの大喝采だ。

餌を取る鴎 ■やがて小雨が降り出し、さすがの絶景もかすんでしまった。

船室では団体で乗り込んでいたアジュンマが楽しげに騒いでいる。かわるがわる民謡やら流行歌やら得意の喉を披露し、合いの手が入り、その輪の中では数人が肩を揺らせて踊っている。

あまりのノリの良さに「さては焼酎のかくれ飲みか?」と偵察に行ってみたが、きちんとシラフなのだった。アジュンマたちの歌と踊りは、船が港に入ってからも止むことなく続いた。

さすがに「東洋のラテン」といわれる国だけのことはあるのだなあ、とコリアンおばちゃんパワーにひたすら感心しつつウルルン島を後にした。



■さて、韓国が強硬に領有権を主張し日韓でもめている竹島(韓国名 独島)は、ウルルン島から90キロほど日本寄りのところにある。日本の島根県の一部だが人は住んでいない。写真で見ると樹木もない大きな尖った岩のようだ。

だが韓国人はこの岩に大極旗を建て、ヘリポートを作り、最近は犬まで飼いはじめたと聞く。この執着心にはおどろくが、なんと韓国には「独島は我らが土地」という流行歌まであるのだ。私は彼らが声を合わせて歌うのを何度か見ているが、のんびり屋の日本人とは領土に対する意識がまったく違うというしかない。

韓国人は「日本海」という呼び名にすらも「日本の海」というニュアンスを感じて抵抗があるようで、もっぱら「東海」と呼ぶ。中国と朝鮮半島の間にある「黄海」もここ2〜3年で「西海」と表記されるようになってきた。

たまに韓国人から「独島はどちらの国のものだと思いますか?」といじわるな問いかけをされることがある。そんな時は「独島は韓国領でしょう」と答えてとりあえず喜ばせ、すかさず「でも竹島は日本のものですよ」と言うことにしている。
相手は面白いと笑っていたが、竹島は事実上取られちゃっているのだから、私はあんまり面白くないのだ。

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