よぎちょぎで「出会った」人々

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‘ジョン’がいっぱい

ソウルから扶余(プヨ)という小さな町に向かう
バスの乗客は私の他にひとりきり。
ソウルで買い物をした帰りらしく、大きな荷物をかかえた
60歳ほどのアジュンマ(おばさん)だった。

さっそく指定の座席に腰をおろし、朝食がわりに温かい「ホドクァジャ」をほおばる。

ホドクァジャはくるみの形をした焼き菓子でカステラ生地の中にくるみの小片が混ざっている。あまり甘くはなくて香ばしい。

前の席のアジュンマが自分の横に来いと手招きしている。

「どうせお客はいないんだからここに来なさい」と当然のように言い、「食事は?」と聞く。

「これが朝ご飯です」と袋の中のホドクァジャを見せる私。


するとアジュンマはいきなり大きなポップコーンの袋を引っ張り出し、私が手にしているホドカジャの袋の中にざざざっと入れてくれた。

「あらら、もう…」

うろたえる私におかまいなくアジュンマはさらに入れ続け、ホドクァジャはたちまちテンコ盛りのコーンに埋もれて見えなくなり、入りきらないコーンがバスの床にこぼれ落ちる。

アジュンマは「おあがり」と言うと居眠りを始めた。

バスの揺れに私もウトウトすること1時間。バスは急に小さな給油所に入ったまま動かなくなってしまった。

見ると運転手は紙コップのコーヒーを片手に店員と談笑しているではないか。
このバスに休憩はないはずだから、客が少ないのを良いことに運ちゃんはサボっているのだ。

「それならば」とアジュンマと私もバスを降り、トイレを借りてひと休みすることにした。

給油所の前には道路を隔てて薬局があり、看板に緑色の大きな字が書いてある。

「良い薬とジョンをお持ち帰りください」

薬局だから薬は当たり前。はてさて‘ジョン’とは一体何なんだ?

アジュンマに聞くと「そんなことがわからないのか」と言うようにカッカッと笑って私の肩をたたく。

「ジョンだよ。イン・ジョン!」

「イン…ジョン…?」

ふと私の脳裏に「人情」の漢字が浮かんだ。
「あっ、そうか!」

それにしても、こんなふうに使うとは知らなかった。
今や‘人情’は東京あたりの下町で「発見」されるものと思いこんでいた日本人(私のこと)には、その文字が妙に新鮮に感じられた。

韓国では、この‘ジョン(情)’という言葉が、人の美しい心情を表現する生きた言葉としてしっかり使われているのだった。
(同じ‘ジョン’が使われていても‘ネン・ジョン(薄情)’と言われたら、全人格を否定するようなニュアンスがある)

韓国人は年齢や性別に関わりなく人懐こいような気がするが、この人懐こさと‘人情’が濃密に絡み合い、旅人の胸に流れ込んで温もりを残す。

これが忘れられずに韓国にハマった人って、けっこう多いんじゃないだろうか。

バスで出会ったアジュンマの親切も韓国風に言えば‘ジョン’だろう。
この国を行く旅人は、惜しみなく入れてくれたポップコーンのような‘ジョン’にしばしば出会うことができるのだ。




住所大韓民国忠清南道扶餘へ向かうバスの中