よぎちょぎ「行ってみた」

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人生観が変わる山へ(1)

ガイドブックの一節に目を引かれた。
慶州(キョンジュ)は韓国の京都とでもいおうか、
かつては新羅王朝の都として260年間も栄えた古都だ。
この街の郊外に南山(ナムサン)という山があるという。

登った人は人生観が変わってしまうとい言われている。

恋のチカラだったらわからなくもないが、たかだか標高465メートルほどの岩山である。一体どんなチカラがあるというのだろう?

南山への登り口でバスを降りる。
「あっちが南山」と運転手が指差す方向には気味が悪いほど密生した松林が広がっていた。

思わず気後れするが、呆然としていてもしょうがないので歩き出すとガサガサ…ガサガサ…背後で怪しい音がする!

思いきって振り向くと…灰色のリスが私の後をついてくる音だった。

新羅時代(日本では飛鳥時代)、南山は仏教の大聖地として100を超える寺院が建てられていたという。

だが王朝の滅亡とともに仏教の権威は失われ、その後の仏教弾圧の時代に寺院も仏像も打ち壊され忘れられて地に埋もれてしまったのだ。

注意深く行けば、嶮しい岩肌、生い茂った薮の中など、いたるところに仏教文化のなごりを発見することができるといい、その数およそ60。

松林を抜け、右手に渓谷を見ながらの山道に入ると、いきなり目の前に、首のない石仏が現れた!

雨風に打たれながらここに1000年も座っていたのだろうか。
首を失いながらもその品位はいささかも損なわれていないように思えた。前途の安全を祈ってまた歩き出す。

こんなふうに仏教遺跡を探しながら登るわけだが、聖地としての神秘のチカラは今も消えることなく、私のような俗世間の垢にまみれた登山者の人生観を浄めてしまうのだろうか?
興味深々だ。

登るにつれて岩山らしい景観となってきた。
ひとり歩きの心細さを感じ始めた矢先、私は前方に2人のアジュンマの姿を発見した。

「一緒に行ってもいいですかぁ?」
大あわてで後を追いかけた。


住所慶尚北道 慶州南山