よぎちょぎ「行ってみた」

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人生観が変わる山へ(2)

浦項(ポハン)という港から来たというふたりのアジュンマは、
毎年この時期に南山に登るのが楽しみらしい。
大きな風呂敷包みをかかえ、ひょいひょいと登っていく。
途中で墓石や仏像が刻まれた岩を見つけると祈りを捧げる。

それを繰り返しつつ楽しそうに登ってゆくのだが、どうやらこのルートはベテランの参拝者向けというべきものらしい。岩場ばかりで道らしいものがまったくないのだ。

ひとりで来ていたらまちがいなく迷ったことだろう。

岩が視界をさえぎり、前を行くアジュンマの姿が一瞬でも見えなくなると不安になる。見失わないようについて行くのがけっこう大変だ。

ちょっと油断して見失い、あわてて追い付くと片方のアジュンマが草薮にしゃがんでいた。
「今度は何を拝んでいるのだろう」

のぞき込むと、なんと彼女は用を足しているのだった。あちらも驚いたのだろうけど私も困った。しばし沈黙…。

気まずさを取りつくろおうと、モンペみたいなズボンを引っ張りあげながら出てきた彼女に、つとめて明るく声をかけた。

「キブニチョア?(気分いい?)」

とたんに彼女は大声で笑い出した。歩き出してからもクスクスやっている。

何がそんなにウケたのかは不明だが、私は心からホッとしてまた後をついて歩き出したのだった。

やがて目的地の上禅庵(サンソナム)に到着。

近くの岩壁に大きな磨崖仏が刻まれていた。
6mあるという釈迦如来像は南山の座仏の中でもっとも大きく、8世紀半ばごろに造られたと推定されている。

そこへ凛としたイケメンのお坊さんが信徒とともに祭壇の前に現れた。一緒に来たふたりのアジュンマも神妙な顔つきで加わっている。

一般の登山者、もちろん私もだが、その様子を遠巻きにながめていると、なぜか坊さんが私だけに「横に来い」と手招きするではないか。

正直言ってお経は勘弁していただきたいものである。
私は必死に辞退するが、坊さんはあきらめてはくれず自分の横を指し示して待っている。

しぶしぶ靴を脱いで座るとすぐに読経が始まった。

祭壇の上には木魚、鈴、カスタネットのようなものなどが置かれており、坊さんはオペラのように朗々と声を張り上げつつ、時にこうした楽器(?)を打ち鳴らす。

時々コーラスの指揮者のように「ハイッ、ご一緒に!」と合図する坊さんに従って私達も「プチョニム~プル~」と歌う。

さすがは東洋のラテンとも評される韓国のお経だ。
なんと陽気なこと!
「プチョニム」とは韓国語でお釈迦様のことだが、この響きもなんだかカワイイなあ。

韓国式の礼拝は立ったり座ったり、思いのままに拝むので足も痺れないのがいい。

いつしか時間のたつのも忘れて無心にお経を唱えている自分に気づくのだった。


住所慶尚北道 慶州南山