| ■ travel■ | 慶州南山…人生観が変わる山へ |
最初に出会った首無しの釈迦如来座像。 仏様がゴロッと風景の一部になっている。通る人は花やロウソクを供えて一心に拝む。 解説版も「立ち入り禁止」の柵もコーヒーの自動販売機もないところが非常に良い。 |
■ガイドブックの一節に目を引かれた。 慶州(キョンジュ)は韓国の京都とでもいおうか、かつては新羅王朝の都として260年間も栄えた歴史がある。この街の郊外に南山(ナムサン)という山があり、登った人は人生観が変わるというのだ。 恋のチカラだったらわからなくもないが、たかだか標高465メートルほどの岩山である。一体どんなチカラがあるというのだろう?好奇心のままに慶州行き高速バスに乗り込んだ。 ■ソウルから4時間半。バスの窓から瓦屋根の家がたくさん見えてくる。いかにも古都の雰囲気でうれしくなるが、じつは朴政権時代に<風情のある町並み>として整備されたものだそうな。 だが<屋根のない博物館>と呼ばれる慶州は緑も多く、古墳を見ながらのんびり歩くだけでも楽しい ■南山がどんな山なのか、その背景を簡単に説明しておこう。 新羅時代(日本では飛鳥時代)、南山は仏教の大聖地として100を超える寺院が建てられていたという。だが王朝の滅亡とともに仏教の権威は失われ、その後の仏教弾圧の時代に寺院も仏像も打ち壊され忘れられて地に埋もれてしまったのだ。完全な形で残っているものはないが、注意深く行けば、嶮しい岩肌、生い茂った薮の中など、いたるところに仏教文化のなごりを発見することができるという。 歴史の波に翻弄された石仏たちが千年の時を経てひっそりと佇む、そんな光景を思い描き心惹かれた。聖地としての神秘のチカラは今の世にも消えることなく、私のような俗世間の垢にまみれた登山者の人生観を浄めてしまうのだろうか? ■翌朝、早めに起きた私は張り切って市内バスに乗り込んだ。南山への登り口でバスを降りる。「あっちが南山」と運転手が指差す方向には気味が悪いほど密生した松林が広がっていた。 思わず気後れするが、呆然としていてもしょうがないので歩き出す。しばらく行くとガサガサ…ガサガサ…背後で怪しい音がする! 思いきって振り向くと…灰色のリスが私の後をついてくる音だった。 松林を抜け、右手に渓谷を見ながらの山道に入ると雰囲気が一変する。周囲は薄暗く、足元もゴロゴロと岩が多くて歩きにくい。と、いきなり目の前に座った姿の仏像が現れた!…だが首から上が無い。 |
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